パピッター

超雑多に日常を綴ります, ほぼ毎日更新?

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寝る前の様子です, 引き続きよろしくおねがいします.

「自分が"こいつ腹立つな"と思った時, 相手もまた"こいつ腹立つな"と思っているのだ」 ...という言葉はないけれど, とはいえだいたいそういう感じな気がする. 「腹立つ」という感情, 何かしらの感情や事実のすれ違いの成果であるので, 自分が何かしらの出来事の結果として「腹立つな」と思った時, 相手もその結果によって「腹立つな」と思っていそう.

こういう時, 無理やり平和っぽく振る舞うのは, 多分自分も相手もストレスになる. こういう話題は何度もこのブログで書いているけれど, こういうときは一度距離を置いて関係性を冷ますというか, 落ち着かせる必要がありそう... というわけで, そういったことをやっていく. なお仕事の話ではなく趣味の話です. 仕事だったら多分逃げる訳にもいかないので, ちゃんと会話交わして解決していくしかなさそうと思っている. 幸いまだそこまでの事態に至ったことはないけど.

伊香保で精神的な疲労はだいぶ抜けた気がするが, 肉体的な疲労は残ったままであり, 様々な準備が出来たのでバタンキューします...

短い時間に大量の予定を突っ込みそれを達成するタイプの旅は得意だけど、今回みたいにリフレッシュしよう、という旅でもそういう感じの行動してしまってリフレッシュになったのか?みたいなの結構ある気がする。

ある程度お賃金もらえるようになったとはいえ貧乏性で、旅するならせっかくだしアレコレしたい、初めてだらけしたい、みたいな気持ちになりがち。

とはいえまぁ今回はリフレッシュできたんじゃないですかね。やはり最近の気づきとして、何かしら深く考えるの大抵温泉であることが多くて、これからどうやっていくかな、みたいなことを今回も温泉に浸かりながらじっくり考えることができた気がする。やはり定期的に温泉に行って思考を整理する必要がありそう。なので次は草津温泉に(また)行きたい。

主語がでかい発言、嫌いな気がする。主語がでかい発言、勝手に自分も巻き込まれた気持ちになって、ほっといてくれよ!みたいな感じになる。なので逆に自分も主語でかいはつげんしないように気をつけていきたいし、ネタで言うときはせめてネタとわかるように言っていきたい気がした。

伊香保温泉に来てる。途中で地震あったりしたけど、温泉入ったりご飯食べたり酒飲んだり無になったりして、息抜きできている気がする。残念だったのは、行こうと思ってた露天風呂が臨時休業してて悲しかった。群馬の温泉、近場での息抜きに最高なので、またブラブラしに来たい。

牛すじ肉の赤ワイン煮っぽいものを作ったのだけれど良い感じにできて, おそらく1.5〜2食分あったのだけれど一度に食べきってしまった...

後は溜まっていた洗濯物を片付けた後に洗濯槽綺麗にしたり, 洗い物片付けたり, 人間っぽいことをしていたら一日が終わってしまった. 明日はリフレッシュするために伊香保温泉に行く予定なので, さっくりと寝ようと思う...

papix.hatenadiary.jp

このへんの話の続き. 今朝, ふと理解が行われて, 「能動的に届けられた情報は絶対に受け止める」, 「受動的に届いた情報は取捨選択する / そもそも届かないように調整する」という, シンプルな基準を置いてやっていくのが良さそうと思った.

つまり前者は, 何かしらの事情で自分がその情報を理解しないといけない, と思って届けられたものなので, どれだけ精神的に辛いものであっても, 目を通して, 理解して, 対応をしないといけない. 例えば仕事上のやり取りとか, そういうのはこっち側になりそう. そういう情報は, とにかく受け止めるか否かの取捨選択する訳にもいかなくて(もちろん受け止めた後に, どう対応するかといった取捨選択というか優先度付けは求められる), やっていく必要がある.

以前何かで見たけど, 現在の人間が1日で見る情報は江戸時代の人間の一生分の情報を見ている, みたいな雑学があって, 情報技術の進化を考えればさもありなん, と思った. 要するに, そういう情報を可能な限り受け止めるのはそもそも現実的に不可能であり, また現実社会と同じく玉石混交だし, 些細な情報まで流れてきて, それによって精神衛生に影響が出たりするので, よしなに情報を取捨選択したり, そもそもとして情報が届かないように調整するのが大事そう.

人間として非常に弱いので, 例えば他人の成功とか, 自慢とか, そういうのを見ると, 身近な人には全然感じなくて, むしろ嬉しくて, 祝福出来るのだけれど, 一方で中途半端な距離感? の人に対しては, 嫉妬みたいな気持ちを感じてしまって, そういうのを感じる自分自身に対しても失望感みたいなのがあって, 良くない感じになる. Twitterだと, 先に述べたように「一方的に知っているけど, 会ったことはない」みたいな, そういう中途半端な距離感の繋がりがたくさん作ることができるので, 結構そういう感じになりがち. それはTwitterの良い所でもあるのだけれど, 自分みたいな人にはそういう盲点? もあったりした.

例えば, 今だと丁度アイマスのライブのチケット当落みたいな情報が流れているのだけれど, 知人の当選は喜べるけれど, Twitterに流れている「当たった!」みたいなツイートを見ていると, 特にチケットが手に入らなかった時とか, 「羨ましい...」みたいな気持ちになりがち. そういうのが繰り返されていく中で, 「アイマスが好き」という気持ちを, 一方的で理不尽な不満とか嫉妬みたいな気持ちが打ち消して, マイナスになる時がありそうで, そういうのが怖い.

まあ結論としては, 「自分に届く情報のコントロールをしっかりやっていきたい」っていう感じです. よろしくおねがいします.

程よく落ち着いてきた... というか, 割と燃え尽きて無の感情になっている気がする. 今週末, 結構ボーっとしがちだった. 土日しっかり休んで, 精神的にリフレッシュして, まだまだやること, やれることいっぱいあるので, 来週月曜日から再度エンジンかけてやっていきたいですね. やっていきましょう.

余裕がないとき、結構自分が見たいように、都合のいいように物事を見がちで、それが良くない出来事につながることがあって、そうならないためには余裕もって判断できる、思考できる状況作ることが大事なのだけど、それが簡単にできたら苦労しないわけで... ううう。

Trinity Field, 最近仕事でテンション上げたい時に聞いていたのだけれど, とにかく最高で, おかげで概ね問題なく走り切ることが出来てよかった. とにかくここ最近, コンテンツによって精神的な衛生状況保てているところあると思っていて, 本当にアイドルマスターシンデレラガールズは最高だし, Trinity Fieldは1万円分くらい買って感謝の気持ちを表したり布教したりしたい, とにかくありがとうTrinity Field, そしてTriad Primus...

失敗は誰だったやる、大事なのは失敗を繰り返さないように、丁寧に振り返って、知見を後に残し、それによって同じ失敗を繰り返さないことである。とはいえ、失敗してしまった事実は辛い。こういうときは、サクッと寝よう... また明日から、ちょっとずつ、やっていこう。

ブログの書き方, いろいろある. 例えばとにかく雑多にすべてのネタを1つのブログに書いていく人もいれば, 自分みたいにネタごとにブログを分ける人もいる. 個人的には, 書きやすい/続きやすいようにやればよいと思っていて, はてなブログの場合は無料アカウントでも複数個のブログを持てるので, 自分みたいに複数個のブログを持っていたい時にありがたい(宣伝).

自分の場合, 昔は1つのブログでいろいろなネタを扱っていたけれど, 記事の温度差というか, 濃淡というか, そういうバランスが悪いような気がして, 妙に気になってしまっていた. 結果として, 今のようにブログを分けたのだけれど, そうするとだいたい同じようなネタが並んで, バランスがよくなって, 気にならなくなって, それによって継続しやすくなったように思う.

ところでブログを分割すると, ブログを間違えるという問題があって, まあそこには気を付けて行く必要がある. つまりさっきの記事はすべてが無意識にやっており, 本当に間違えたということです, ええ...

疲れからか不幸にも適当に殴り書いたエントリをMasteriesの方に書いてしまった, ので転載する:

時間は有限である. その中で, 遊んだり, 仕事したり, 学習したりしないといけない. なので, 時間を無駄な情報で費やすのはなるべく避けたい. 無駄な情報で時間を費やすくらいなら, まだ遊んでいた方が精神の安定が出来るのでマシだと思う.

最近, 「これは明らかに無駄な情報だな」と思うようになったのは, "煽りが入っている文章"で, そういうのを読むのは時間の無駄だから読まないようにしている. 念のために言うと, これをもってして「煽りが入った文書を書くな」, とか, 「煽りが入った文書は見たくない! 滅びろ!」とか言いたい訳ではない. 自分も時折煽りを入れた文書を書いていると思うし, 自分の思いを煽りも入れながら書くのは各人の自由であり, それを読まないと判断するのもまた各人の自由だと思っている.

...で, 煽りを入れた文章, 例えば「○○が出来ないのであればダメ」とか, 「××が出来ないのであれば気持ちを入れ替えるべきだと思います」とか, そういうのはよくある. 最近流行りの技術を紹介しつつ, その中でそういった煽りの文書を見ることがよくあると思う. こういうの, 百害あって一利なしだと思っていて, 結局「そういう技術を今追って, こういった記事を書けている自分カッコいい」という気持ちの現れだと思う. その技術が本当に有益なのであれば, そういった煽りを入れなくても読む人は関心したり興味を持ったりすると思うし, ちゃんと注目を集めた情報になると思う.

更に言えば, こういう煽りが入った文章は, 「○○が出来ていない自分, ヤバイのでは?」とか, 「××できていないし, ダメじゃん...」とか, マイナスの気持ちが沸き起こったりするので, 自分にとっては無益どころか, 損害を生んでいるのではないか, という気持ちになることがある. 社会には, 情報技術に関わるエンジニア以外にも, 様々な職種があって, そもそも情報技術に関わるエンジニアの中にも, 得意不得意があって, いろいろなタイプがいる. そういう中で, 「○○ができないといけない」とか, そういった煽りを入れるの, 無意味だし, 世界が狭すぎると思う.

...とはいえ, 先に述べたように, そういった"煽りが入った文章"を書く自由は誰にでもある. なので, 自分は"それを読まない自由"を行使していきたいと思う.